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『亀谷さん、理念が壁紙になっていないか?』

『亀谷さん、理念が壁紙になっていないか?』
教科書通りにいかないインナーブランディング|第19話
企業理念を社員の行動に変える
『亀谷さん、理念が壁紙になっていないか?』 教科書通りにいかないインナーブランディング|第19話

企業理念浸透プロジェクトが走り出して半年。全フロアの壁にピカピカの理念額縁を掛け、ポケットサイズの理念カードも全社員に配り終えました。毎朝、全社員で声を合わせて理念を唱和する。その光景を見て、私は正直、満足していました。「よし、これで浸透した」と。


プロジェクトの一区切りとして、社長と赤提灯の暖簾をくぐりました。ねぎらいの一言でもいただけるのかな、なんて少し鼻を高くしていたんです。


ところが、社長は冷えたビールを一口飲むと、ぼそっと言いました。

「亀谷さん。これさ、ただの壁紙になってないか?」


私は一瞬、耳を疑いました。

「えっ、壁紙……ですか? 毎朝、あんなに元気に唱和してるじゃないですか。暗唱できる社員も増えてますよ」


反論する私に、社長は苦笑いして続けました。

「声は出てる。でもさ、現場から上がってくる提案が、一年前と何も変わってないんだよ。設備の改善でも、新商品のアイデアでもいい。理念を唱和した後に書いているはずのその書類に、理念の『り』の字も感じられないんだ。」


ぐさっときました。図星でした。

昔の私は、「伝えること」「覚えさせること」に必死で、それが現場でどう「使われるか」まで知恵が回っていなかった。居酒屋の隅で、私は冷めた焼き鳥を前に、自分の浅はかさに頭をかきました。ざっと20年前の出来事です。


理念は、唱和するためにあるんじゃない。判断するためにあるんだ。


翌日から、社長と膝を突き合わせて「道具」としての仕組みを考えました。スマートな解決策なんてすぐには出ません。「ああでもない、こうでもない」と現場の顔を思い浮かべながら、ようやく一つ、小さなインフラを置くことにしました。


それが、稟議書への「一行」です。


新しいプロジェクトを立ち上げる時、備品を買う時。その承認シートの隅に、「この件は、わが社の理念とどう繋がっているか?」を書く欄を作ったんです。


最初は現場からブーイングの嵐でした。「また仕事が増えた」「書くことが形骸化するだけだ」と。私も現場で詰め寄られて、「参ったな……」と冷や汗をかきました。


でも、変化はそこから起きました。


「理念に沿うなら、この価格設定はおかしくないか?」


「この品質は、わが社が掲げる『誠実』と本当に両立するのか?」


承認印をもらうために、無理やりにでも理念と向き合わざるを得ない。その「不自由さ」が、図らずも社員同士の議論を生み出したんです。


社長が望んでいた「進化」の兆しは、唱和の声ではなく、稟議書を囲んだ泥臭い言い合いの中に現れました。


理念は、綺麗な額縁の中に閉じ込めてはいけません。現場の、一番生々しい判断の場に「道具」として放り込む。


あの夜、居酒屋で社長に言われた「壁紙」という言葉。今でも、新しいクライアントのオフィスで立派な額縁を見るたびに、私の背筋をぴりっと正してくれます。あなたの会社の理念は、今、どうなっていますか? 少しだけオフィスを見回してみてください。そこにあるのは、社員を動かす「道具」でしょうか。それとも、理念が壁紙だけになった「景色」でしょうか。



■ 専門家としての視点:理念を「道具」に変えるための論理


1. これは、いったい何が起きていたのか?

私は、理解と活用を混同していました。


朝礼での唱和やカードの配布は、インプットとしては有効です。しかし、インプットされた情報が自動的に行動に変換されることはありません。情報を、判断の基準として強制的に使う場面がなければ、理念はただの風景、つまり「壁紙」になってしまいます。


あの時、私と社長が直面したのは、インプットとアウトプットの間の分断でした。


2. 理念が「働く」ためのインフラ

理念が本当の意味で組織を動かすのは、スローガンとして叫ばれる時ではなく、何らかの選択を迫られた時です。

「利益を取るA案か、それとも理念を守るB案か」

その迷いの中に、理念を強制的に介在させる仕組みがあるかどうか。組織を本気で変えるためには、単なる啓蒙ではない、仕組みとしてのインナーブランディングが必要です。あの時の彼らに、そして当時の私に最も欠けていたのは、この「理念を現場で使い倒すためのルール」でした。


3.「判断のゲート」に理念を組み込む

今回私たちが着手したのは、派手な研修などではありません。日々の仕事で必ず通る「プロジェクト承認シート」や「意思決定プロセス」という、極めて事務的なインフラの整備です。

スローガンを100回唱えるよりも、日常業務の「ゲート」に理念を組み込んでしまう。逃げ場をなくすことで、組織のOSは誰にも気づかれないうちに、しかし確実に書き換わっていきます。もちろん、研修や唱和も「種まき」として大事ではあるのですが、最後に芽を出すのはこうした「仕組み」の力なのです。


4. 明日からできる、道具としての理念活用

もし、理念があまり機能していないと感じたら、次の二つを試してみてください。


  • STEP-1 書類の隙間に置く:

報告書や提案書のフォーマットに「理念との関連性」を記述する欄を一つ追加する。


  • STEP-2 決裁の瞬間に問う:

承認印を押す前に、「これは、うちらしい判断か?」とあえて口に出して確認する。初めは経営層から、徐々に管理職へ。


最初は必ず面倒がられます。それでいいんです。その「引っかかり」こそが、理念が組織の血肉になり始めた証拠ですから。


5. まとめ

インナーブランディングとは、理念や中期経営計画を社内に浸透させる取り組みです。しかし本当に重要なのはもう一つあります。理念を、組織の中で使えるようにすること。それができたとき、会社は少しずつ前に進み始めます。



理念は、飾るものではなく、使い倒すための道具である。


亀谷 勉 Tom KAMEGAI

組織強化のインナーブランディング専門家

グラビティーワン 代表|一橋ICS ブランド戦略講師を15年間担当


 
 
 

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